こんにちは、バイオインフォマティクス実践ラボ管理者のnomura-yです。
前回の記事では、シングルセルRNA-seq解析の特徴や全体的なワークフローについてご紹介しました。今回は、シーケンサーから得られたデータから発現マトリックスを作成する「一次データ解析」と、Rパッケージを用いた品質管理(QC)およびフィルタリングの具体的なプロセスを解説します。
【BI入門①】R入門:環境構築と基本操作
【BI入門②】R実践:データの可視化と関数活用
【BI入門③】Rによる生物データハンドリング
【BI入門④】Python入門:Windows上でのPython・Jupyter実行環境構築
【BI入門⑤】PythonとPandas:表形式データの強力な操作術
【BI入門⑥】RNA-seq解析の基礎:有効なケース、全体の流れと主要ツール
【BI入門⑦】RNA-seqデータ前処理:品質評価からゲノムマッピングまで
【BI入門⑧】RNA-seqデータ解析:発現定量と主要なデータ可視化手法
【BI入門⑨】RNA-seqデータ解析:発現変動遺伝子とエンリッチメント解析
【BI入門⑩】シングルセルRNA-seq解析:特徴と活用事例、ワークフローの概要
【BI入門⑪】シングルセルRNA-seqデータ処理:CellRangerを用いた品質管理とフィルタリング ←本記事
動作確認環境
R: version 4.1.2 (2021-11-01)
Rパッケージ: Seurat v4
ソフトウェア: Cell Ranger (10x Genomics), Loupe Browser (10x Genomics)
※本解析フローは2024年時点の解析環境(R 4.1.2 / Seurat v4)をベースにしています。 最新のv5環境とは一部関数が異なる部分もありますが、シングルセル解析の「データ処理の本質」や「QCの考え方」を基礎から体系的に学べるロードマップとしてお読みください。
一次データ解析:Cell Rangerによる発現マトリックスの作成
シーケンサーから出力されたFASTQファイルは、まず「一次データ解析」にかけられます。この工程では、ゲノムへのマッピングと遺伝子発現の定量が行われます。10x Genomics社のプラットフォームを使用している場合、一括自動解析ソフトである「Cell Ranger」が広く使われます。
この処理には、大容量のメモリ(128GB以上など)や多数のCPUコアを備えたLinuxサーバーが必要な場合があります。Cell Rangerは、個々の細胞やmRNA分子に付加された分子バーコード(UMI:Unique Molecular Identifier)を利用して、PCR増幅バイアスを補正し、正確な「発現マトリックス」を作成します。
Loupe Browserによるデータの可視化
Cell Rangerの実行結果として得られるファイルは、10x Genomics社が提供する「Loupe Browser」を用いることで、手元のWindowsやMac環境でも直感的に確認できます。細胞のクラスタリング結果や遺伝子発現量の可視化、特定遺伝子を高発現している細胞の選択などが、GUIベースで簡単に行えます。
Rパッケージ「Seurat」を用いた解析の導入
さらに詳細な解析や、任意の条件での比較(論文掲載レベルの解析)を行う場合は、統計解析ソフトRの「Seurat」パッケージを用いるのが標準的です。Seuratは、Windows、Mac、Linuxいずれの環境でも動作し、データの統合や任意の組み合わせでの比較解析など、高度な処理が行えます。
今回のシリーズで解説していくにあたり、ご自身の手元でも試せるようテストデータを使用します。10x Genomics社のホームページでは、さまざまなデモンストレーション用のデータセットが公開されています。まずは以下のURLから、Cell Ranger実行後のテストデータ(発現マトリックスファイルなど)をダウンロードし、R上のSeuratパッケージに読み込んでみましょう。
データのクオリティコントロール(QC)とフィルタリング
Seuratにデータを読み込んだ後の解析の第一歩は、データのクオリティコントロール(QC)です。取得した発現マトリクスデータをそのまま使うのではなく、まずはバイオリンプロットを描画して各ドロップレット(≒細胞)のクオリティを評価し、低品質なものを除外(フィルタリング)します。
主に以下の3つの指標をチェックします。
nFeature_RNA: 検出された総遺伝子数。多すぎる場合は複数の細胞が1つのドロップレットに入った(Doublet)可能性があり、少なすぎる場合は十分なRNAが取得できなかった細胞とみなします。
nCount_RNA: 含まれる総UMI数。こちらも多すぎる・少なすぎるドロップレットは異常とみなします。
percent.mito: ミトコンドリアRNAの割合。これが高すぎる場合、細胞がダメージを受けて死にかけている(または死細胞)可能性が示唆されます。
フィルタリングの条件は、単純に定数で切り捨てるだけでなく、サンプルの生物学的背景(例:休止期にある細胞か、実験的に死にやすい細胞かなど)に応じて柔軟に設定するという「職人技」が求められます。


まとめ
今回は、Cell Rangerを用いた一次データ解析の仕組みと、R環境のSeuratパッケージにデータを取り込んで行う品質管理・フィルタリングについて解説しました。データの前処理を適切に行うことが、信頼性の高い結果を得るための第一歩です。
次回予告
次回は、品質管理を終えたクリーンなデータに対して行う「正規化」「次元削減」「クラスタリング」のステップについて詳しく解説します。各細胞の特徴を抽出し、グループ分けしていく過程を学んでいきましょう。
※本記事は、2024年3月28日開催の次世代シーケンス解析ケーススタディ講座「シングルセルRNA-seq解析」講演内容をベースに作成しております。
動画で本記事の内容を視聴したい、講演資料PDFをダウンロードしたい方は、アメリエフの運営する会員制動画サイト「バイオインフォマティクス実践ラボ」にご登録ください。
